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#022 ラモス瑠偉

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さっきまでサッカー見てました。
何ともすっきりしないというかしゃきっとしない残念な内容・・・遠藤と長谷部がいかにゲームを作っているかが明らかになった感じ。
彼らがいれば確実にゲームの内容はもっと充実したものになっていたと思うし、もしかしたら勝っていたんじゃないかと思う。

結果に満足出来なくてここで愚痴をこぼしたい訳じゃない。
サッカーは1チーム11人、キーパーを除けば10人で、そのうちの2人が抜けてこれだけチームが機能しなくなることに興味を感じたのだ。
遠藤や長谷部に代わって、出た選手だって日本を代表するトップクラスのサッカー選手で、代表常連の選手であり、能力は十分なはすだ。
なのに、今日の日本代表は不協和音を響かせ、前に進む力を失っていたように思う。


そんなことを考えながらなんとなく、サッカーを観ていたときに、あることに僕は気付いた。
遠藤や長谷部にあって、今日の2選手が彼らより劣っているものが何かわかった・・・それは「パスの質」である。
サッカーはただパスすればいいだけじゃない。パスする相手が次のアクションにスムーズに進めるよう出し手は配慮しなければならない。
気持ちのこもった、思いやりのある優しいパスを出さなければならないと、かのラモス瑠偉もよく言っていた。

その「パスの質」が今日は欠けていたように思う。だから、チームにリズムが生まれなかったし、前に進む力を生み出せなかった。
一人一人が「パスの質」を意識する、つまりは受け手に配慮して、受け手をうまく巻き込んで共に前進をする。これが非常に重要に思う。


僕の周りにはたくさんの人がいる。
家族だったり、彼女だったり、友達だったり・・・よく行くお店の店員さんだったり、とかくたくさんの人に囲まれ、関係し合っている。

例えば、これが1つの大きな大きなサッカーチームだとする。
今までの話から判断すると、僕はここで「パスの質」に注意をしなければならないらしい・・・ではここでいう「パス」とは何だろう?
まさか、普段から常にボールを蹴り合っている訳ではあるまい、では何を「パス」するのであろう?


ここまでくれば何となくわかってしまうだろうが、それは「ことば」だ。
普段から僕らはコミュニケーションツールとして「ことば」を使っているが、冷静になってみると「ことば」なんてものはとても曖昧。
その時のニュアンス次第でその意味も全然変わってくるし、ある種とてもいい加減で、とても複雑である。

僕らは、そんな「ことばの質」を普段あまり意識していないのではないだろうか?
もしかしたら、知らず知らずのうちに「ことばの質」のせいでチームに不協和音を生み出し、前進力を失ってしまっていないだろうか?


「ことばの質」に配慮し、共に前進していければと強く思う。遠藤や長谷部のような前進力のあるパス(ことば)を放てる人になりたい。


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# by koutaw | 2009-06-10 23:33 | LIFE